「普通」という価値基準は他人軸で生きてるから作られる

f:id:buttobimusic:20180124231839j:plain

ツイッターにつぶやく感覚でブログを更新する試みです。

ブログって「書くぞー」と思わないと書けないというか、そうやってちょっと意気込んでしまうところがありまして。
でももっと気軽に更新していいものだと思うんですよ。

ついでに、私ツイッターで結構文字数ギリギリまで書いてそれの続きをツリーにして繋げて…っていう、これまた結構な長文をツイートすることがあって。
別にそれでもいいんだけど、だったらブログに書けばいいんじゃない?とセルフツッコミが入ったわけです。

というわけで、そんな感じでこの記事を書いてます。

 

結果、

 普通に価値を感じる人、特別に価値を感じる人
 自分を大事にする

そんなことを書いた記事になりました。

 

 

世の中「普通」であることから外れるのをものすごく怖がる人と、「普通でない」ことを異常に求める人がいるよね。

例えば、30になる前に数年付き合った彼氏と結婚してないといけない…とか。
年に1度は国内旅行に行ってるのが普通…とか。
年末年始は家族や親戚と過ごさなくちゃいけない…とか。
トレンドのものはトレンドだから素敵…とか?

後者は「普通じゃないことしてる俺カッケー」系と言えば一発でわかるかな。
「普通でない」ことそのものに価値があると思ってる。

 

これ、両者とも根っこは同じだよね。
世間とか常識とか周りの目とか、そういうものを気にしててそれが価値基準になってる

でも世間とか常識とか周りの目って具体的にどこにあるのかなぁ。
世間。それは身近で言うと誰なんだろう。友達?家族?職場の人?見知らぬ人?

じゃあその内のどれかに当てはまったとして、その人たちが「それが普通」って言ったら本当にそれは普通なのかな。
日本では家に上がるときは靴を脱ぐのが普通。でも外国はそれは当たり前ではないよね。
そういうことがいろいろな面で起こってるんじゃないかなぁ。

だからといって奇抜だったり特別だったりすることは、それそのものに価値があるのかなぁ。

 

つまり私が言いたいのは、周りの目を気にしすぎだということ。他人軸で生きてるなってこと。

自分がしたいこと、自分が感じたこと、自分自身がこうである、ということ。

それに価値があると思う。

 

自分の好きなものが普通なことだった。いいじゃない。
自分のしたいことがちょっと人と違った。いいじゃない。

30過ぎたけど結婚してないし恋人もいない。いいじゃない。
年末年始は自分のために時間を使った。いいじゃない。
みんなが嫌いなものを好きになった。いいじゃない。

なんでいいかって、あくまで自分が主体だから。
「私」が好きで、「私」がやりたくて、「私」はこういう人間である。

それを大事にしたらもっと幸せになれると思う。

 

それって自分を大事にするってことだよね。

自分のしたいことをして自分の好きなものを集めて。
他人が言ってきたことに傷ついたら自分を慰めてあげて。

他人の状況や言葉を優先して自分を蔑ろにするのはやめよう。
人に優しくするように自分にも優しくしたらいい。

 

私は自分を大事にしてる人が好きだし、私も私を大事にしてるから、私を大事にしてくれる人が好きだよ。

そして私の大事な人は、自分を大事にしてほしいなと思ってます。