自分優先の作曲ができるようになった話

どうもこんにちはぶっとびです。

最近ツイッターに自作曲を上げてます。
現時点で4曲公開。あと2曲ほど制作途中のものがあるので、こっちもサクッと完成させて上げていきたいところ。

f:id:buttobimusic:20170922212413p:plain

モーメントにまとまってるので是非聞いてね。
このページの最下部に各曲へのリンクも貼ったよ。

日常に寄り添う、聴きやすいインスト曲ばかりです。まだの方は是非こちらから。

しかし作曲、久しぶりです。
去年すこーしやってましたがオンライン公開は2時間DTMの一曲だけという。
もうちょっとちゃんと曲を完成させるのは、気づけば1年半ぶりでした。ワーオあっという間。

久しぶりに作曲をして、公開して、いろいろと思うところがありました。

 

自作曲をどこに投稿するか問題

そもそもぶっとびはずーーーっと自作曲の公開場所が定まらなくて、もうほんと、10年くらい探してる感じなんですよね。

今は一応SoundCloudに上げてるのですが、以前はTmboxというサービスを利用していました。
サンクラよりもうちょっとラフな感じが好きで、なんとなーく利用者が気軽に上げたり聞いたりしてる感じがしたんですよね。結構そっちで再生回数も伸びてて気に入ってたのですが、数年前にサービス終了になってしまって。

それからは定期的に「うーんうーん」ってして、結局Youtubeかなぁという結論になりそうなのですが、
とりあえず自分のホームグラウンド的な場所:Twitterに上げるかーと思い、実践し始めたというわけです。

ただねー、Youtubeもそうなんだけど、ツイッターに上げられるのってオーディオデータじゃなくて動画だからさ。そこがサンクラとかTmboxとは違うのよね。
いちいち動画形式にする一手間が必要で。まぁ大した労力かけてないからいいっちゃいいんですけど。動画の良さもあるし。
でも気軽さという点においては、やっぱりオーディオデータだけで上げられるものに勝るものなし、って感じですね。

 

Twitter公開のよさ

と言いつつ、ツイッターに上げるの、今んとこしっくりきてます。

元々ツイッターが好きなのは大きいなと思う。好きでよく使ってるから馴染みもあるし。そもそも「つぶやき」ってコンセプトが気軽で好き。
YoutubeSoundCloudは実は普段そんな使ってないんですよね。だからいつまで経ってもお客さん感が抜けないのかな。

あとツイッターSNSだから、拡散力があるのもよい。やっぱりいろんな人に聞いてもらって、私の曲好きだなって思ってくれる人に届けられたら嬉しいもんね。

気軽なツイッターだからこそ作曲もミックスもあんまり力まずにできてるような気もする。動画制作もね。

今やってる作曲はまさにその気軽さ、みたいなものを大事にしていて。フットワークの軽さというか。
自分の好きな曲を、やりたいときだけやりたいようにやる、みたいな心持ちで作ってます。

 

他人本意な作曲をしていた

前も言った気がするけど、これまでの私の作曲はすっっっごく人目を気にしてたんだなってことがめっちゃ浮き彫りになりました。

こんな曲しか作れないのって思われたくないとか。
また同じことやってるって思われたくないとか。
すごいって思われたいとか。
好かれたいとか。

すごくすごくいろんな雑念の中で曲作ってたんだなぁと思います。
今でもそういうところはあるだろうけど、でもこうやって書き出せるってことは昔よりそこから抜けてきてるってことなので、いい兆候です。

 

商業の世界に食い込んでそこで爪痕を残していかなきゃいけないと思ってたから、さっきみたいな雑念に囚われやすかったんだろうな。
他人にうける曲を作らなければ、みたいな。

そりゃクライアントがいるときは意向に沿ったものを作る必要はあるんだけど、趣味の作曲の時はさぁ、そんなこと考えなくていいはずなのにねぇ。
もっと自由に、好き勝手作ってもいいのにねぇ。
なんか勝手にがんじがらめになって勝手に作りにくくなってたと思います。また一人コントしてるよウケる。

 

あと、中途半端なものというか、ある程度クオリティの高いものじゃないと公開しちゃいけない気もしてましたね。

なんていうか、楽曲との出会いって一期一会だから、例えば誰かが私の曲を聞いてくれたとして、それが低クオリティの微妙な曲だったとして。
そしたらその人はきっともう私の曲を聞いてくれないじゃないですか。もしかしたら聞いた曲がたまたまイマイチだっただけで、他の曲はよかったかもしれないのに。

そういう可能性を怖がってましたね。

だからいつも一定以上のクオリティ出してないと、みたいな。好みは人それぞれだからコントロールできないけど、クオリティコントロールはある程度できるからしておかないと、みたいな。

そりゃああんまり気軽に作曲できないよね。

 

自分優先の作曲

今はある種の開き直りというか、そういうものを感じます。

もうどう思われてもいいや〜自分の好きなように作って〜それを好きと言ってくれる人が一人でもいてくれればいいや〜なんならいなくてもいいや〜

こんな感じですかね。

 

他人のための曲じゃなくて、自分のためだけに曲を作り始めた感覚です。
これまでも自分の好きな曲作ってたんだけど、でもこう、なんていうのかな、もっと自分の都合を優先して作ってるというか。
作曲に関係ない自分のわがままも許してるというか。

もうめんどくさいからこれでいいや〜、とか。
嫌になったからこのままでいいや〜、とか。

そういうのも通しちゃってるんです。

以前だったら考えられないですね!
わがままを殺してクオリティアップのためにがんばる以外の選択肢がなかった。あーそりゃ作っててしんどいわなぁ。

 

他人の目を気にしなくなったことで、シンプルな曲を完成させるのが怖くなくなりました。
誰でも弾けそうなシンプルなピアノソロとか。ハープソロとかね。

「なんかすごそうなもの」を作ろうとしてたよなぁと、つくづく感じますね。
元々そういうシンプルな、二つのコードしか使ってないような曲、私好きじゃんね。好きな曲作ればいいじゃんね。ていうか元々そういう曲が作りたかったんじゃなかったっけ。

今してる作曲は、力の抜けた作曲、肩の荷が降りた作曲、ゆるい作曲。
そんな言葉がぴったりな気がします。

この調子でいたいですね。

 

愛猫がいなくなり、今は充電期間ということで

話は変わりますが、5月頭に愛猫が息を引き取りまして。
18歳なので大往生なのですが、やはりめちゃめちゃ疲弊しまして。

なんというか、存在感のあるおもしろい猫だったので、やっぱりその分喪失感が大きいですね。
とはいえペットロスとかにはならず、もちろんとっても悲しいし淋しいし、なんだか無駄に人といたかったり受動的なことしか摂取できなかったりはしましたが、今はもうだいぶ普通になりました。いないのが日常になった感じですね。

晩年はいっぱい椅子の業務(猫を膝に乗せること)もしたし、いっぱい一緒にいられて、お互い幸せだったよねぇという気持ちです。
死んで1週間以内に3回も夢に出てきてくれました。そんな子初めてよ。

 

まぁというわけで、まだゼロからイチを作り出すのはちょっと難しそうなので、パワーが戻ってきたら引き続き作曲したいなぁと思ってます。
それまでは過去の作品をツイッターに上げるとかもいいなー。やったらいいなーw

 

各楽曲へのリンク

最後に、各楽曲のツイート貼っときます。

たぶんどの曲も引用リツイートで語りたいこと語ってるので、ご興味があればそちらもどうぞ。
(いずれブログにまとめたい気もしてる)

そうそう、『「#とび音」で検索すれば自分の曲に飛べるようにしよう!』という試みをしてます。
これからも「#とび音」をつけて投稿していきますので、たまにチェックしてみてくださいね。