賛否両論あるのは知りつつ、なんの前情報もなく(主人公が佐藤健ってことくらい)ふらっと映画「ドラゴンクエスト ユアストーリー」観てきました!
(ちなみにちょうどいいカテゴリーないからとりあえず「演奏会感想」「ゲームについて」「ゲーム音楽」に入れてますw)
観に行く前の私↓
なんだかんだ私も酷評になるのかなー。でも世の評価最高私的にはクソな作品とかあるしどうかなー。意外と「めっちゃよかった」ってなる気もするなー
結論から言って、私はそんな酷評はしないです。でも酷評したい人の気持ちもわかります!
そしてめっちゃ肯定もしないです。
最初にネタバレなしでちらっと書くと
- 映像綺麗でわくわくする
- クライマックスの戦闘シーンのアクションよかった
- 音楽はよく知ってるのが流れる(から音楽目当てで聞きに行く必要あるかな?って気はする/映画館の音響で聞けるのは楽しいかもしれないけど個人的には別にオススメはしない)
- 誰向けの映画なのか?ちょっとわからないかも
こんな感じです。
とりあえず書き始めたら思いの外書きたいことたくさんあったみたいで結構な長文です。
以下はネタバレあり感想なので注意!!
- ありがとう佐藤直樹
- やはり劇伴が必要
- 本編のストーリーについて
- 「わたしたち」を気にしすぎでは
- そのエピソードはいらないしあそこはもっと丁寧にやってほしい
- 他の雑多な感想
- 小狡い作りなのが鼻につく
- 誰も幸せにならない映画
ありがとう佐藤直樹
観に行く前↓
これからドラクエユアストーリーしてくる。映画館音響のすぎやまこういちーーーーーーー!!!!!!!!!
— ぶっとび (@buttobimusic) August 7, 2019
観た直後↓
佐藤直紀ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
— ぶっとび (@buttobimusic) August 7, 2019
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
これからしばらく佐藤直紀の話しかしないしもう佐藤直紀のことしか考えられないまま帰宅しました。
佐藤直紀!!とは!!作曲家さんです!!!
映画とかドラマとかいろいろ作ってらっしゃる、私の大好きな作曲家さんの一人です。
ゲームだと「428〜封鎖された渋谷で〜」がそうですね。メインテーマがべらぼうにかっこよくてべらぼうに好きなのでみんな是非聞いてね。
なんで佐藤直紀の話してるかというと、劇中とってもいい新曲が流れてきて、これがすごいドラクエ感のままなのにちゃんと劇伴してたんですよ。
だから「今の曲はどなた!?!?!?」って思ってたら、最後のクレジットにしっかり佐藤直紀の文字が。
あなたでしたかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
いやもうほんとに。ありがとうありがとう。あれ本当によかったとっても劇伴だった……すぎやま先生の後継者は決まった……
いや〜〜〜〜〜観に行ってよかったです。この情報自分で行かないと絶対わからないでしょ。後継者は佐藤直紀さんでフィックスです!!!!!
やはり劇伴が必要
この流れで音楽の話するけど、まぁわかってはいたけどやっぱり曲そのまま映画に使うのは無理あるよね!!!!だってゲーム用の曲だもん!!!劇伴じゃないもん!!!
(映画はそのシーン専用の曲を作曲するから映像と音楽の展開が完全に一致するように作られる)
だから「序曲」が合計3回?とかボス戦「不死身の敵に挑む」が2回?くらい使われてた気がするけど、やっぱまったく同じ音が何回も流れてくると「またか…」って思っちゃうよね。劇伴で使うならアレンジ変えて流すとかしないと。
やっぱりあくまでもゲームのサウンドトラックなのであって、映画の曲ではないんだなぁと実感しました。ペルソナ3の映画観たときも同じようなこと思ったな。
個人的には「序曲」を流すのは、息子が天空の剣を抜くあの瞬間だけでいいと思う。(あそこは結構感動した。)最初の旅立ちのシーンではフィールド曲でよかったのでは???
あと「不死身の敵に挑む」もラストのクライマックスまでとっといていいんじゃないかなぁ。ブオーンのときは通常戦闘曲の途中から使うとかさ。
あと音楽流れすぎでは。
基本ずっと流れてるのよね。だからどうしてもひとつひとつが薄味になっちゃう。もうちょっと無音のシーンがあってもよかったんじゃないかなぁ。
せっかく地下室発見した時のSEとか可愛いし嬉しくなるのに、なんかあんまりそういうのが効果的じゃなくなっちゃうんだよね。
そういう意味でも、やっぱり佐藤直紀さんの曲が光ってたよ。
あれはちゃんと劇伴だったもん。映画と密接に関わってた。聴いたとき「そうそうこれこれ!」って感じだった。
他の曲はどうも映画にそぐわない。当たり前だそれ用の曲じゃないんだもん。
まぁやっぱりなんにせよ、私たちがCDやコンサートでよく聴いてるアレンジの曲がそのまま使われるのは効果的じゃないと思いました。仕方ないのかもしれないけどね。
本編のストーリーについて
内容は、数年前のスペクタクルツアー行ってた私としては「ユアストーリー」って時点でちょっと察してたし、よくまとまってると思ったよ!!!
でもあれ真っ先に映画観に行った勢はなんじゃこりゃって思うだろうなと思う!!!
そうじゃなくて普通のドラクエ映画見せてくれよってね!!!!私もどっちかって言ったらそっちのが観たかったかな!!!!
でも最近のドラクエの感じだと、まぁこうだろうなって気がします。
「わたしたち」を気にしすぎでは
これは今回の映画っていうより最近のDQの展開全般についてだけど。
プレイヤー(「わたしたち」)に焦点を当てすぎだよね…。
いやドラクエってそういうジャンルだったかなぁ。確かにFFと違ってしゃべらない系主人公だからその分主人公=自分感は強いけど、でもそもそもそれをこんな全面に押し出すジャンルじゃなかったと思うんだけどなぁ。
最近その傾向が顕著すぎて、私は逆にちょっと置いてけぼりな気持ち。
スペクタクルツアーのときも思ったけどさ、別にいいんだよ公式が名前つけてくれても。デフォルト名って概念でみんなイケるから。誰も公式が出してるゲーム画面のスクショ見て「俺の考えた名前と違う!」って怒らないでしょ。
だからいいんだよ公式が「映画化にあたり今回はこういうストーリー展開になりました」って銘打ってくれて。むしろ銘打ってくれよ。私たちが観たいのはそれだよ。
DQ5に限って言うなら、いいんだよ別に嫁がどっちでも。
私は俄然フローラ派だけどパッケージに描かれるのはビアンカだし正規ルートだとビアンカだよねって思ってるよ。だから息子・娘の髪が金髪でもいいよ。公式が「今回はこれで行く!」って決めたことを受け入れるよ。 だから決めて、それを見せてよ。
結局「これは『誰か』のストーリーだからね〜〜〜(だから君の希望にそぐわないかもしれないけど許してね〜〜〜そういうのじゃないからね〜〜〜〜)」みたいな感じがして、なんか、逃げっていうか。
なんか「みんなのドラクエ」みたいな概念が強すぎて、最近こういう形になってる気がします。うまく言えないけど。
そのエピソードはいらないしあそこはもっと丁寧にやってほしい
さて映画の話に戻って、全体のエピソードと尺のバランスだけど。
幼少期のあの「知ってるでしょ」前提のダイジェスト。あれ結構ひどいなと思った。ゲームしてない人わけわかんないでしょ。
せっかく大人の主人公が奴隷時代夢から覚めるシーンが入るんだったら、いっそ幼少期は全部その回想シーンってことにすればよかったのに。
どうせグランバニア行かないんだし最初のゲーム画面のシーンはなくして、サンタローズで暮らしてるとこから始めてさ。いっそビアンカがサンタローズに遊びに来てることにしてゲレゲレとレヌール城やってさ。
結婚うんぬんのラブコメっぽいところも尺とりすぎでは????
スペクタクルツアーのときも思ったけど、DQ5って別に結婚の話そんなメインof theメインじゃなくないです??????????
これほんと思う。嫁候補が数人いてそこから結婚て全体の話の中ではそんな大事なところじゃないでしょーよ。そこんとこ履き違えてないかね。
その分ヘンリーからのパパスが死ぬシーンはもうちょっと尺割いていいんじゃないかな…。
あそこすごく大事なシーンだと思うんだよね。DQ5は親子三代って方が嫁云々より大事でしょ。
まぁね、5じゃないからねこの映画は。ユアストーリーだからね。
と言わせたいなら5やってなくても通用するように作ってほしいよね。
他の雑多な感想
他映画観てて思ったことは。
ゲレゲレが可愛くてもふもふ感最高だった私もお顔スリスリしたい。
佐藤健の「笑顔が『可愛い』」の「可愛い」にギュインときた。
ゲマの声優さんすばらしくてどなただろう!?と思ったら吉田鋼太郎でしたかーーーーーー!!!!!すばらしい!!!!!!!!
ていうか全体的にゲマのCG気合入ってなかった?????表情から指先まですごいよかった。
戦ってる主人公の腕に傷がつくリアルさはあるのに奴隷時代全然やせ細った感じしない&髪もしっかりキマってるのが「リアルさの追求の仕方がアンバランス」って思ったけど、体験ゲームの中のことだと思えばそれもまぁ頷けるねー。
個人的には娘がいなかったことは気にならなかったなぁ。映画って上映時間限られてるからあんまり登場人物多くてもまとまらなくて困っちゃうもんね。CGだしその分手間も増えるしさ。
あと「大人になれ」ってセリフ。アレで激怒する人きっとたくさんいるだろうなと思った。特に昔言われたことある人はその頃の思い出と相まってムカーってくるだろうなー。
でもあれは制作側の言いたいことではないよ。むしろそのあとのセリフ「確かにそこにいる、もう一つの現実」みたいな方がメッセージでしょう。だからどんなに虚構でも、そのときの体験と感動と冒険は嘘ではないっていう。
個人的には「現実」って言葉の選び方はだいぶ違和感あるけど。いやゲームなんだから現実ではないやろ。ここ大事なところだしもうちょっと上手い言い回しで聞きたかった。
あ、それ関連で行くなら最初のドット絵のとこのメッセージウィンドウに「母マーサを探す旅が始まった」みたいなこと書いてあったけど、それ見た瞬間「うわぁこの説明文ダセェいらねぇ」って思った。しかもそのすぐあとにパパスに「母は生きている。探せ」みたいなセリフ言わせるなら本当にあそこに書く必要なくないです??????
そもそもそのドット絵の、ゲームのシーン使うのも個人的にはちょっとないなーって思いました。その導入は……いや映画やし……っていう。
DQ5が原作、って聞いてたのに、あのゲーム画面使われちゃったら「原作っていうかまんまやんけ!!!」ってなりません?????
なんでわざわざ5を題材にしたのかなー。別になんでもいいじゃんこれなら。
このCG口元はすごい魅力的なのに目元が意外と表情の変化がなくて、なんかこう時々違和感感じた。
時々子供向けとも思われるコミカルなシーンあったけど、これ子供向けの映画ではないし、なんかそこもバランス悪くない?????
ていうかそもそもこれ誰向けの映画なの??????
DQ5っていわゆるエンディング曲が「結婚ワルツ」になっちゃうから映画の締めとしては使いにくいよねwでもそろそろ2の「この道わが旅」に頼るのやめようかw
映画の感想としてはこんな感じかなー。
たぶんまだ出てくるんですけどそろそろ頭が死に始めたのでこのへんで終わりにしときます。
私はまだ世に出てる感想を何も読んでないのでこれから検索して読んでこようと思いまーす! みんなが何を感じたのか知りたい!
以上4600字!読んでくれてありがとうございましたーーーー!!
以下、次の日に書いた追記。
ちょっと書きたくなったので書く。
小狡い作りなのが鼻につく
だんだんこれに尽きる気がして来た。
あれだけDQ5に沿った話にしてるのに最終的には「ユアストーリーだからね〜〜〜〜〜DQ5ではないからね〜〜〜〜〜」って感じがするのがズルイし、
じゃあDQ5知らない人が観てついていけるのかって言ったら、全然そんな作りになってないじゃないですか。それともそれは大筋(主人公はVRで昔好きだったゲームを体感してる)には大きく影響しないからいいってことなのかな。
DQ5じゃないと言いたいなら、映画しか知らない人が観ても理解できるように作るべきでは。
都合のいいときだけ都合のいい理屈持って来てる感じがして、単純になんかやだなぁって気持ちになるわな。
「原作はDQ5だけどあくまでこれはユアストーリーなので」っていうのは、なんか卑怯に感じちゃうよね。
誰も幸せにならない映画
本当にこれは誰向けの映画だったんだろう。
DQ5ファンに向けてるんだとしたら普通にDQ5の映画を作ったほうがいいのではってなるし、
ご新規さんやお子さん向けなら……………いやそれはないか。
どんでん返しに「主人公はVRで遊んでましたー」っていうのをもってきたいなら、やっぱ普通にDQ5なぞって、
最後に主人公視点でVRから出てくるシーン
例えば自分の子供に話しかける
「フローラと結婚することもできるんだぞ」
「そうなんだ!俺絶対フローラと結婚する!ゲレゲレの名前も変える!」
「今度は別のストーリーも体験してみるかー」
ドラゴンクエストユアストーリー(タイトルロゴ)
……みたいな感じのがよかったんちゃうか。
以上ふわっと思った追記でした〜〜〜〜〜〜〜〜
この下は蛇足。
スペクタクルツアー、DQ11、今回の映画を観て思ったこと。
ドラクエはもうダメかもしれない。
コンテンツとしての存在が大きすぎて制作側がもてあましてる感じがする。
ファンも多いし、たぶんファンの人がスタッフの中にもいるだろうし、なんていうか、ドラクエファンの視点を気にしすぎな印象がある。
あとスタッフさんたちの「俺の好きなドラゴンクエスト」って思いが強すぎて、それをまとめきれてない感じがするというか。
このへんで制作側がしっかりと方向性を決めて、しっかり舵取りしていってほしい。
そしてできれば、過去の栄光にすがったりファンにお伺いを立てたものを作るのではなく、製作陣が一番作りたい新作ドラクエを作ってほしい。
そしてもしこれからもドラクエシリーズを作り続けるなら、すぎやまこういちの後継者を本気で考えてほしい。
今回の映画はそういう意味では絶好のチャンスだったと思う。
すぎやま先生の曲を原曲として、映画に合わせるために後継者の人が劇伴用にアレンジをする。
そうやって、昔からよくある「まずはアレンジャーとして参加、いずれは作曲者の一員へ」って流れをしやすいタイミングだったと思うんだけどなぁ。こういう、後継者がファンに受け入れてもらいやすい流れを作ってほしいなとも思う。
DQ11でも映画でも新曲の大切さを痛感した。
同シリーズの別のゲームの曲を使うのも、意味や必然性があるならいい。(幻水2のグレッグミンスターで1と同じ曲が流れるのとか)
でもどちらも「曲が足りないから」(新曲がないから)以外の理由があるのかな。
ドラクエ好きだから。勝手なわがままだけど、私の好きなドラクエでいてほしいと思っちゃうよね。
以上、書くのが怖いけど切実だから書きたかった蛇足でした。